お侍様 小劇場 extra

    “ゲージュチュの秋なのvv” 〜寵猫抄より
 


  春は桜、夏には緑、秋は錦景、冬は…雪の白?


 空の青みがずんと澄んで来て、ご近所の生け垣からキンモクセイの華やかで甘い香りがそよいで来。最近は規制が厳しくなったので久しくなったそれだけど、昔はここへ、落ち葉でも燃してのものか、ちょっと焦げ臭い焚き火の匂いもどこかから届いたのが、

 「何とも言えぬ、秋の訪のいって雰囲気を醸したものでしたねぇ。」

 里山広がるというほどの片田舎じゃあない、むしろ都心に間近い住宅地だが。それでもほんの十年ほど前までは、秋といやそんな風の匂いがした。庭の模様替えやそろそろ落ち出す立ち木の枯れ葉の始末にと、生ゴミに出すまでもないと、各家の庭の片隅でちょちょいと燃やしたもんですが。
「今時の家屋の事情ではの。」
 ダイオキシンとやらが発生するからというのが、具体的な禁令の決め手となったらしいが。それ以前からも、匂いや煤を嫌がるお宅が抗議をしての、ご近所迷惑騒動の火種になって来ていたらしく。物干しさえ確保出来ぬようなこじんまりした庭や、窓を開けりゃあお隣りから丸見えというほどにも、隙間なく土地を埋めまくる家屋の建てよう。隣家の晩餐が換気扇からの匂いで判るほど、そうまで切迫した距離感じゃあ、情緒がどうのなんて、成程 言ってはいられないものかも知れず。はたまた、家人にも煙草を吸うなと徹底させて、ばらの香りにピンクレースで統一したファンシーなお部屋へ、ニンニク臭いホルモン焼きの匂いや、サンマの塩焼きの匂いがなだれ込んで来ちゃあ、何もかも台なしなのも頷けはする。

 「まま、この辺りは古くからの住宅街なのでしょうから。」

 荘厳な大門に古風ななまこ塀の蔵つきという、古式ゆかしい日本家屋が軒を連ねる、いかにもなお屋敷町…なのは隣り町だが。JRの駅を挟んでのこちら側だって、結構な歴史を持つご町内。各々のお宅も趣きのある年代ものの家屋がほとんどで、同じ作りの分譲住宅というのが居並ぶ一角はどこにもない。かく言う島田せんせいのお宅も、表からの外観は洋館風でありながら、内部は和洋折衷の古風なそれで。フローリングの洋間もあるが、畳の間も多数残してある上、雪見障子や襖などなど、昔ながらの建具も健在。奥の間、書斎へつながる廻り回廊には、アルミサッシじゃあなく木枠のガラス戸の掃き出し窓が居並ぶという古めかしさで。今時分の頃合いならば、初秋の陽を取り込んだ居間から望む庭先に、萩の茂みが小さな花をつけ始めているところとか。ユズやキンカンの茂みの周辺、アゲハチョウがひらひらと舞い踊るのへ。洋館というなら似合いの美丈夫、金の髪をうなじに結った家人が。家事の合間にそれらへ見とれ、無意識のそれだろう、柔らかな笑みなぞ口許へ浮かべる様が、見受けられたりしもしたものだが。

  この秋はというと ちょこっと様子が異なる。

 「久蔵〜。ほ〜ら、こっちだぞ♪」
 「…、にゃっみゃっ!」

 そんなお声のすぐ後に、釣られるように見やった窓には、毛玉のような仔猫が まろぶよに撥ねるのが見受けられ。何を追ってか ちょんちょん・ぽんと。小さな四肢を駆使しての、窓の右から左へと、そりゃあ軽やかに駆ける姿が何とも愛らしい。軽やかと言っても、感覚優れての巧みに振る舞う軽やかさではなく。むしろ、あまりの幼さ、小さすぎての身の軽さ。とたん・とたとた、駆けてったはいいが、真っ赤なリボンを振って見せた七郎次の、正座して座ってたお膝へ真っ直ぐ。勢い余ってのお顔から、ぼすんと突っ込んでいるのもいつものことで。

 「みゃっ。」
 「ありゃりゃあ。」

 どれほど柔らかな体をしているのやら。そのまま てーんっと、宙返りに近い前廻りをお見事に演じた仔猫様。おっととと、七郎次の方が慌てて手を出し受け止めたけれど、案外と大した怪我はしなかったのかも知れぬ。

 “そりゃあ、仔猫のままならばでしょう。”

 くりんと丸まれば真ん丸な頭に添うほどに、小さな小さな肢体の仔猫。大人の手のひらですっぽりと隠し切れてしまうほど、まだまだ小さな、幼い仔猫。

  だが…七郎次にはそうは見えないから困りもの。

 その総身へキャラメル色した毛並みをまとい、真ん丸な頭に一対の三角なお耳を生やした。その四肢が、関節も機能していやしないほどに ちょみっと短い、生後 間もないようなメインクーンの仔猫…じゃあなくて。

 「みゃ?」

 彼のお膝で見事な前回りをご披露し、ばんざ〜いのポーズでこちらの腰へと跨がったよな格好の。ちみちゃい四肢には違いないが、紛うことなく人間の幼児に見えている。ふわふかな金の髪が微妙に掻き乱れ、白いおでこがあらわになっており。その真下に座った潤みの強い双眸は真赤で。びっくりした余燼か、真ん丸に見開かれているのが何とも言えず愛らしい。緋色のちんまりした口許も、日頃は 一丁前にきゅうと意志載せ、形よく締まっているものが。今はただ無防備に、うっすら開いているその様が、幼いながらも妙に甘い気色を、その印象的でまろやかな蠱惑に満ちたお顔へと添えており。

 “うあぁ。/////”

 可憐も過ぎれば なんて危ない可愛さか。ほんの数刻とはいえ、見つめ合う格好になってから、はっと我に返った七郎次。

 「…あ、えと。
  怪我は? どっか捻ったりはしてないかい?」

 そおと抱き上げ、慌てて訊いてみたところ。

 「みゃあ・にゃっ♪」

 仔猫の方からも むぎゅうとしがみついて来の、シャツ越しにこちらの胸元へ、やわやわな頬やら小鼻やら、ぎゅむぎゅむ押しつけてくる愛らしさよ。

 「〜〜〜〜っ。/////////」

 小さな仔猫様を相手に、今日も今日とて なかなかに充実した午後をお過ごしな、七郎次さんであるようです。
(苦笑)




     ◇◇◇



 ちなみに島田せんせいは、只今 3社掛け持ちの、クリスマス&年末特集号の読み切り作品にかかっておいで。それとは別の連載も2本ほど抱えてらっしゃるが、そちらは新年号までを、既に仕上げての編集さんへと渡しておいでで。まだ時々は汗ばむ日もあるってのに、厳寒のお江戸や戦乱の荒野、クリスマス間近いミッションスクールの、聖堂にまつわるミステリー…といった、豪華ラインナップの執筆に励んでおいで。

 “寒いのは苦手なお人だってのに…。”

 わざわざそんな頃合いの描写を求められての、そのテンションを高めにゃならない身でおわすのが、気の毒といや気の毒だけれど。それをまた鮮やか見事に書き表してしまう御仁なだけに、門外漢の自分には、何ともかんとも助言もしがたく。かくなる上は、渾身の力作 仕上げてしまわれ、こちらの世界へ早ようお戻りと、胸の裡
(うち)にてお祈りするしか手はなくて…。

 「みゃ〜みゅ、にゅ〜に♪」

 以前だったら、それこそ“よき作品が仕上がりますように”とのお祈りさえ、真摯に敬虔にこなしての、ただただ静かに“待ち”の態勢でいたものだったが。

 「……にゃ、にゃにゃvv」
 「〜〜〜、凄いねぇ久蔵。」

 今は微妙に様子も違う。居間のローテーブルの上へと広げられたるは、画用紙をリングワイヤで綴った大判のスケッチブックで。そこへとその身を乗り出して、小さなお手々にはクレヨンペンシルを縦にぎり。赤ちゃん握りという構えのまま、小さな拳の小指側をぬすくるようにし、大きな画面へぐりぐりと、水色や紫、ピンクの何かが描かれている真っ最中。そもそもは、七郎次が…写真や映像には残せない、可愛い坊やの姿を惜しんでのこと、お昼寝の最中などという隙を衝いては、坊やの姿のスケッチを重ねていたのだが。

 『にゃあみゃ?』

 起きぬけの坊やから、見して見してとせがまれるわ、白いページを開いてあれば、珍しいことにも破ったりせずのその代わり、何か描いてみてと、小さなお手々で紙面を叩いてねだって見せるわ。それでと鉛筆走らせて、もう空でも描けてしまえる、久蔵坊やのふくふくした愛らしいお顔なんぞをご披露したところ。何にもないところへ物の形が生まれるのがよほどのこと驚きだったのか。はううぅ〜//////と大きく目を見張り、綿毛を冠した男の子の横顔、いつまでもツンツンと指先でつついていたのだが。

 さあそれから、油断できない悪戯がまた1つ。

 眸でも衝いては危ないからと、久蔵の手の届かぬところへ置いてたはずの。ボールペンやらホワイトボード用のサイペンやら。どうかすると…一体どうやって持ち出すものか、勘兵衛の執筆用の万年筆の古いのまで。よいちょと両手へ挟み込み、肩の上まで抱えたり、そうかと思や、軸の部分を胸元へ抱きかかえての、その場合は足元へ。まだ読んでない新聞やDMの封筒なんてな可愛い範囲にとどまらず、テーブルの天板やフローリングの床、窓ガラスは言うに及ばず、ソファーの座面に液晶テレビの画面まで。意味不明のグリグリ螺旋や、綿雲の乱舞で埋め尽くされてしまい、

 『くぉらっ、久蔵っ!』
 『みゃっ!』

 家具や壁、床はまだいい。今時は良い洗剤もモップもあるし、何となりゃ専門業者さんを呼ぶ手もあるが。久蔵自身の色白な手や頬にもインクが飛んでたおりなぞ、

 『きゅ…久蔵〜〜っ。///////』

 真っ青になってしまった七郎次が、クレンジングだ、いやさインク消しかしら、ああでも肌を傷めたらどうしよう、と。頬の隅っこへちょんと飛んだ そばかすもどきへの対処に、この家でやっちゃあいけないナンバーワン、徹夜明けの身、熟睡中の勘兵衛を、叩き起こしてまで取りすがったという、立派なパニック状態になってしまったほどで。

  そこでと仔猫へ与えられたのが、
  洗えば落ちる水性の染料仕様のクレヨンペンシル24色と、
  広げればテーブル一杯になるスケッチブック。

 サインペンや万年筆と違い、インクじゃないのでそうは汚れぬ。人目を忍んでのこそこそという悪戯じゃあなく、目の前で堂々と描くのなら。七郎次にしてみても、汚せばすぐに手を打てるので。遅かりし由良之介…と、取り返しのつかないことのよに真っ青になることもなかろうと。久蔵のためというよりも、七郎次や、強いてはパニクった彼にすがられる勘兵衛のため、というよな策が執られて…今日で何日目となるのやら。

 「♪♪♪」

 小さなお手々の下へ隠れるほどになっている、茶色のクレヨンが埋めているのは、水色のクレヨンで描かれた丸の中。
「えっとこれは…。」
 ああそうだ、わたしのマグカップが水色だから、そこへとそそいであったコーヒーかなぁ? 熱中が途切れたか、ちょろりとお顔を上げたので、ゆるく拳を作っての、口許へと持ち上げる振りをすると、

 「にゃあvv」

 目許を細めて、嬉しそうに微笑った坊やだったので、これはお兄さんの“大当たり”だったらしくって。

  ちゅぎはネ、あのね

 黒いクレヨンを手にとって、やっぱりの赤ちゃん握りで ぐるぐるを描き始める。初見だとどれも同じに見えるそれ。でもだけど、じっと見てると違いが分かる。瞬きさえ忘れて、うっすらと口許開いて。ただただ一心に描き続けるグルグルは、微妙に縦へと伸びてゆくので、

 「あ、勘兵衛様だね?」
 「にゃあにゃんvv」

 そだよということか、お返事だけくれての お顔も上げずな一心不乱。あの、知的で精悍でもある男臭い御主様も、愛情あってこそ この描きようでも彼だとされてしまう、お話の順番なのであり。
(おいおい) スケッチブックにその身を伏せるほどにして、黒いもしゃもしゃを描き続けて。何とか満足な大きさになると、その傍らには黄色で丸を描いて塗り潰し。時々、チョコやらクッキーらしきものを持ってるそれは、もしかせずとも七郎次。そしてそんな二つの間には、オレンジの〇。どうもそれは久蔵本人であるらしく。

 『茶色や黄土色じゃあいけないんでしょうか。』
 『本人にはこう見えておるのだろ。』

 はあ、描けたと満足な吐息を零す、小さな画伯の力作に、ついつい終始見とれてしまうので。せっかくの大きなチャンス、こんなまで坊やが無防備になってる間合いはないっていうのに。七郎次お兄さんのスケッチブックの方は、あれから少しも進んでいないという余談もありの。そんな“芸術の秋”が進行中な、島田せんせいのお宅ならしいです。








   ■ おまけ ■


秋の夜長は、シンと静まり。
窓枠の影のまま、月光が白く伸びる板の間に、
コツリとかすかな靴音が響く。
それも一瞬の空耳か、
はたまた風の悪戯、家鳴りの音か。
確かに立ってた青年の、
うら若き背の影があっと言う間にかき消えて。
何かの見まちがいとするには、
ひらりひるがえった長衣紋の裳裾も 軽やかに、
何とも印象的な影であったのだけれども。



つるんと凍るにはまだ早い、
それでも冴えた涼気に満ちた秋の夜を。
まるで重さなどない、羽根か絹ででもあるかのように、
爪先立っての軽やかに。
梢や電柱、屋根に塀。
生け垣支える矢来垣の先までも、
そりゃあ難無く足場に踏んで。
望月間近い 月蛾を背に負い、
闇の住人、辿り着いたは同胞の窓。
冷ややかなガラスに手を当て、擦り抜けようとしたところ、

 《 ? どうした?》

静かな声が頭上からかかる。
今宵は屋根へと出ていたらしく、
七彩の衣を夜風になびかせ、
痩躯を伸ばして瓦屋根の上へ立つ、同僚の君がいて。
何の騒ぎも胎動も、ここ何日かは感じられない。
嫌な気配があったとて、なかなかこうして来まではしない、
そんなずぼらな金の髪した同僚殿が、
一体なぜまたと小首を傾げ、兵庫がこちらを見やったところへ、

 《 ………やる。》
 《 …これをどうしろと。》

ぺろんと差し出されたは、
白画用紙に殴り書かれた、真っ黒いクレヨンの跡だったりし。

 《 そも、これは何だ。》
 《 お主であるらしい。》
 《 らしいって…。》
 《 もっと柔らかに描くと島田で、
   こうも真っ直ぐなのはお主の…。》
 《 〜〜〜〜〜〜。》

そうまでも、昼間の仔猫は意識が異なる存在なのか、
まるで他人の意図のように語る久蔵であり。

 《 もっと遊びに。》
 《 来いってか。》

とんだ招待状があったもの。
まぁま、小さいほうの仔猫にしたら、
それは頑張って描いたに違いないと。
そこのところは判るので、
苦笑混じりに あい判ったと、
その手へ間違いなく受け取った兵庫殿だが。

いつの間にやらその“似顔絵もどき”、
この屋敷の女将のお部屋に張られてしまおうとは、
今のこの時点では、想像も出来なかったことだった……。







  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.10.02.


  *勿論のこと、
   七郎次さんと同じく黄色で描いた向こうのお国のキュウ兄の絵もあります。
   今度来たら渡そうと目論んでいるキュウらしいですvv

   …というわけで、仔猫さん専用のクレヨンは、
   お陰様で黒が一番、減るのが早そう。
(苦笑)
   そういや以前に、
   水彩色鉛筆のセットには白が入ってないという話をしましたが、
   仔猫様も白はなかなか使いそうにありません。
   つか、塗っても塗っても色がつかないので
   “???”とか小首を傾げていたりして。
   そんな素朴なこと、
   わざわざやってみてから“あれれぇ?”となるのが、
   幼い子の可愛いさなんですよねぇvv
   そいで、何かの拍子、
   黒っぽい床に塗すくったら白が出たんで、
   はしゃいではしゃいでぐんぐん塗って…叱られる、とvv
(笑)

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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